クラヴィア3重奏曲の部屋第1室

BGM/Haydn Clavier Trio No.10(Hob.XV:35) A-dur 3rd mov.

○第1番Hob.XV:37ヘ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 3/4 Adagio バロックソナタ
2 2/4 Allegro molto 中ソナタ
3 3/4 Menuet メヌエット
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1767 バロックの要素が多い。カデンツァが挿入される部分がある。2楽章の短調の第2主題が目を引く。3楽章のトリオは、主部と比較して非常に長い。
注釈

ランドン版の最初の5曲は、1767年にアムステルダムのフンメル社からセットとして出版された5曲をそのままの曲順で採用しています。しかし、この中にはハイドンの別ジャンルの作品の(おそらく別人による)編曲と考えられる問題の曲も含まれています(その曲の注釈にあらためて書きます)。この出版は、おそらくクラヴィア3重奏曲の最初の出版と考えられています。しかし、この作品は1年前の1766年のブライトコップフ社の出版目録にこの曲が掲載されている事が判明しています。こちらは、注文を受けてから筆写するというタイプの出版だったと考えられていますので、実際に発注があったのかどうかが問題となりますが、それがあったと確認出来る資料は現在のところ見つかっていないようです。

実際の作曲年は5曲とも不明と言わざるを得ません。1766年を下限に、それよりも10年くらい以前とする説もありますが、1761年のエステルハージ侯爵家の副楽長就任の前までというのが一応の定説となっています。エステルハージ家ではクラヴィア3重奏曲を作曲する必要性が無かった、と言うのが大方の見解です。

フンメル社の出版は、クラヴィア3重奏曲と言う比較的新しい曲種が家族音楽会等で取り上げられる等、今後のニーズが増えるであろう、という先を見越した判断から、取り敢えず5曲の作品を集めてセットとして売り出したという背景があると考えられます。実際に、少し年代が下ってから、ハイドンの元にクラヴィア3重奏曲の作曲の依頼が頻繁に舞い込むようになった事が資料で確認できます。

この1番につきましては、真作であるという結論になっています。最初期の作品らしく、いかにもバロック的な曲調となっています。


○第2番Hob.XV:C1ハ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro Moderato  小ソナタ
2 3/4 Menuet メヌエット
3 3/4 Adagio 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1767 2 この時期の作品としては、非常にスケールの大きさを感じさせる。2楽章の短調のトリオが美しい音楽となっている。

△第3番Hob.XIV:6ト長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro バロックソナタ
2 4/4 Adagio バロックソナタ
3 3/4 Menuetto メヌエット
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1767 注釈参照
注釈

この作品の原曲は、クラヴィアソナタ第6番(第13番)です。原曲には4つの楽章がありますが、第1、第2、第3の3つの楽章が1、3、2の順に並べられています。編曲者はハイドン以外の人物である可能性の方が高いと考えられますが、非常に質の高い仕事をしています。もともと、原曲が初期のクラヴィアソナタとしては出色の作品である事もあり、大変に聴き応えのある曲に仕上がっています。他人の編曲として葬ってしまうのは惜しい作品と思います。

ただし、クラヴィア3重奏曲の総論で書きましたが、もしも借りにハイドンが最初からヴァイオリン、チェロを適宜加えても良いクラヴィアソナタを書いたとするならば、この作品が第一の候補と考えられます。


△第4番Hob.XV:39ヘ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegro ソナチネ形式
2 2/4 Andante 単純2部形式
3 2/4 Allegro ソナチネ形式
4 3/4 Menuetto メヌエット
5 2/4 Scherzo 単純3部形式
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1767 注釈参照
注釈

この作品は、完全に寄せ集めの編曲となっています。母体となるのはクラヴィアソナタ第9番(第3番)です。クラヴィアソナタの方は3つしか楽章がありませんが、この作品の第1、第4、第5楽章に相当します。しかし、第4楽章のメヌエットはトリオが差し替えられています。ここで用いられているトリオは、クラヴィアソナタ第5番(第8番)のメヌエット楽章(第2楽章)の主部(トリオではなく)を、原曲のイ長調をさらにイ短調に替えると言う細工を施した上で採用しています。

この作品の第3楽章はクラヴィアソナタ第8番(第1番)の第1楽章をヘ長調に移調したもの(原曲はト長調)、第2楽章は出典不明です。この第2楽章は編曲者の創作である可能性もあります。

このように、全くのつぎはぎであり、ハイドン以外の編曲者の手によるものである事は明らかと考えられます。さらに、前曲と比べて編曲自体が非常におそまつである事も指摘しておきましょう。

この作品に存在意義があるとすれば、当時の「お遊び」と言う事でしょう。真面目な学術的な態度で接しようとするのは、筋違いと言うべきでしょう。


◎第5番Hob.XV:1ト短調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Moderato 中ソナタ
2 3/4 Menuet メヌエット
3 3/8 Presto 小ソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1767 注釈参照
注釈

この作品がエステルハージ時代以前の作品とするならば、おそらくその時代における最高の名曲であると断じて良いと思います。ハイドン自身もこの作品を会心作と認めていたと言う話が伝わっていますし、何よりもホーボーケンの番号の1番と言うのがこの作品の素晴らしさを雄弁に物語っていると思います。この番号については、若干説明が必要となりますが、ホーボーケンの番号はハイドンの存命中に編纂され、ブライトコップフ社から出版されたクラヴィア作品全集の番号を継承しています。クラヴィアソナタの場合もそうなのですが、この全集にはハイドン自身が未熟な作品と考えていた初期の作品群が故意に外されています。この時期のクラヴィア3重奏曲は、消失作品や編曲作品をも含めると16曲あった、と言う事が後に判明しているわけですが、その中でただこの曲1曲だけがブライトコップフの全集に1番として掲載され、残りの15曲(問題作を除けば9曲)は全て外されています。それだけ、この作品が際立っている事をハイドン自身が認めていた確たる証拠と考えて良いでしょう。

ト短調という調を考えますと、幼年のモーツァルトに何らかの影響を与えていたのではないかと邪推もしたくなりますが、そういう事もあったかも知れないと思わせるほど、魅力的な作品であると思います。


○第6番Hob.XV:40ヘ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Moderato 中ソナタ
2 3/4 Menuet メヌエット
3 2/4 Allegro molto 小ソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
注釈参照
注釈

この作品の1楽章と3楽章は、クラヴィア協奏曲(Hob.XVIII:7)の1楽章、3楽章と共通しています。書法的に見て、協奏曲の方が編曲だと言う事はほぼ確実でしょう。この編曲も別人の手によるものと考えられています。この3重奏曲の方は、ヴァイオリンとクラヴィアの旋律的な掛け合いが、バロックの書法から1歩進んでいると考えられますが、曲調自体には、あまり際立ったものは見られません。


○第7番Hob.XV:41ト長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegro 中ソナタ
2 3/4 Menuet メヌエット
3 4/4 Adagio 小ソナタ
4 3/4 Allegro 小ソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
多数の筆写譜が残されていて、真作に疑いは無い。初期の作品としては、スケールの大きさを感じる。3楽章のロココ風の味わいは特筆に価する。
注釈

ランドンの原典版では、当時の目録に記載されているものの消失している2作品、Hob.XV:33、Hob.XV:D1の2曲にそれぞれ第8番、第9番の番号を与えています。当然、この2つの番号は欠番扱いとなります。


◎第10番Hob.XV:35イ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 3/4 Allegretto 中ソナタ。タイトルにカプリチォと書かれている。
2 3/4 Menuet メヌエット
3 2/4 Allegro 中ソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
副題にカプリチォと書かれた1楽章は常動曲風の毛色の変わった音楽で、テーマの展開がとても面白い。全曲的に見て、当時としては斬新な構成上の工夫が随所に見られる。

◎第11番Hob.XV:34ホ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegro moderato 中ソナタ
2 3/4 Minuet メヌエット
3 3/8 Presto 複合3部形式
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
曲の展開に、思いがけない仕掛けがあり、楽しんで聞ける作品。

○第12番Hob.XV:36変ホ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegro moderato Es 小ソナタ
2 3/4 Polones Es 小ソナタ
3 3/4 Allegro molto Es 複合3部形式
曲調はメヌエットに近い
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
バロック的な味が強い。2楽章のハイドンの曲としては珍しいポロネーズが印象的。
新全集版では最初に書かれた作品と判断している。

○第13番Hob.XV:38変ロ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro moderato 中ソナタ
2 3/4 Menuet メヌエット
3 2/4 Presto バロックソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
バロック的な気分は濃厚。メヌエット楽章のトリオでクラヴィアパートは伴奏に回り、ヴァイオリンに主旋律が与えられているが、かなり時代を先取りしている書法と言って良い。
小協奏曲とタイトルの付いた筆写譜が現存しているが、筆写した人物が勝手に付けたと考えられる。

○第14番Hob.XV:f1ヘ短調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro moderato As 中ソナタ
2 3/4 Minuet メヌエット
3 2/4 Allegro As 小ソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
細かい装飾音符が目立つ。メヌエットのトリオも含めて同じ調性に統一しているのは、バロックの組曲の様式を踏襲していると言える。

△第15番Hob.Deestニ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegro molto 2部形式
2 3/4 Andante 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
注釈参照
注釈

この作品はホーボーケンの番号には入っていません。第1楽章、第2楽章ともに真偽未確定のクラヴィア独奏曲にヴァイオリン、チェロのパートを加えたものです。第1楽章は単独に草稿が残されている曲で、おそらくソナタのフィナーレ楽章でしょう。第2楽章は、アンダンテと5つの変奏曲(Hob.XVII:7)です。第1楽章は、独奏曲の草稿では形式的に中途半端なところで半終止しして、中断されています。順当に考えれば、半終止の部分が展開部の終わりで、その後第1主題が入る予定だったはずです。草稿ならば、残りの部分はわざわざ書かなくても、清書する事に困難はありません。この3重奏版では、半終止の後、そのまま2楽章に続くようになっています。第1楽章を2部形式と分類しましたのは、提示部+展開部の形が、結果的にそう見えるからに他なりません。

この曲も、おそらく不明の第3者の手による「お遊び」の編曲と考えて差し支えないでしょう。


△第16番Hob.XIV:C1ハ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Adagio ソナチネ形式
2 3/8 Presto 単純3部形式
3 3/4 Menuet メヌエット
4 2/4 Finale ソナチネ形式
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
注釈参照
注釈

この作品は、ハイドンの時代のカタログ等では、すべてクラヴィア4重奏曲とされていますが、実際には3重奏曲版しか現存していません。どちらが編曲なのかはまだ確定していませんが、状況から考えて、4重奏版がオリジナルで、3重奏版が編曲ではないかというのが定説となっています。また、クラヴィアソナタ版の編曲もあったと言う記録が残っています。一際こじんまりした印象の曲です。


△第17番Hob.XV:2ヘ長調

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegro moderato 中ソナタ
2 3/4 Menuet メヌエット
3 2/4 Adagio 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
注釈参照
注釈

この曲の原曲につきましては、研究により解明しています。元々の形は、バリトン、ヴァイオリン×2、クラヴィアの編成の4重奏曲(バリトン4重奏曲)です。また、バリトンをチェロに置き換えた、クラヴィア4重奏曲の編曲も存在していましたが、どちらも現在は消失しています。

このクラヴィア3重奏曲版とは別に、第1、第2楽章はバリトン3重奏曲(Hob.XI:103)にも、調を変えて(イ長調)使われていますし、第3楽章はバリトン独奏のディベルティメント(Hob.XII:13)にも使われています。しかし、このバリトン独奏曲も消失しています。

このクラヴィア3重奏曲版は、19世紀初頭のクラヴィア作品全集に第2番として掲載されていますが、編曲作品が掲載された経緯につきましては、それなりに推測がつきます。おそらく、ハイドンの生前から原曲は消失してしまっていて、クラヴィア3重奏曲版しか残されていなく、原曲を復元するか、編曲版を後世に残すかの選択となり、クラヴィア3重奏曲として後世に残すように決心した、と考えられます。この曲の場合は、編曲作品が紛れ込んだのではなく、作曲者サイドの強い意思が働いた結果であると考えて良いと思っています。旋律的に古臭い感覚があり、私の個人的なおすすめランクは決して高くありませんが、ハイドン自身がそう思ったであろうと判断出来るだけの深い内容を備えていると思います。