クラヴィアソナタの部屋別室

BGM/Haydn Variation f-moll Hob XVII:6

ハイドンのクラヴィア独奏曲は、真作と真偽不明の作品、それに連弾曲も合わせて10曲程度と意外に数が少ないですので、独立したジャンル分けはせずに、ソナタの部屋の別室という扱いにいたしました。資料といたしましては、ヘンレ版(見たところ、新全集版とは別のもののようです。肝心の新全集版のクラヴィア作品の巻は未だ刊行されていません)のクラヴィア作品集と、ウィーン原典版の「ハイドンピアノ曲集」(音楽之友社刊)を用いています。ただ、クラヴィア独奏曲には、上記の10数曲の他に、別のジャンルの作品の編曲が数多くあります。その中には、ハイドン自身の手によるもの、ハイドンの指示によって別人が書いたもの、全く他人の書いたものが含まれ、しかもそのどれに当るのかが不明な曲もあります。それをどう扱うかが問題となりますが、私自身、その全貌がまだ判然といたしませんので、明らかにハイドンの意志によるものと確認が取れる曲に絞って掲載する事にいたします。なお、新たな資料を入手したおりに、データを追加する可能性があります。

表の項目は、クラヴィアソナタの場合と、ほぼ共通しています。真作は◎、真偽未確定作は△、をつけてあります。また、他曲の編曲作品は、(編作)と記してあります。現段階では明らかな偽作は除外してあります。曲順は、まずオリジナルの作品をホーボーケンの番号順に記載し、その後、編曲作品を推定年代順に記載いたします。

これらの、10曲程度の作品群が、実は隠れた名曲の宝庫である事を強調しておきたいと思います。


◎カプリチォト長調Hob.XVII:1

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 Moderato カプリチォ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1765 1788 3 注釈参照
注釈

カプリチォという形式は、本来はありません。カプリチォは奇想曲とも訳されていますが、「気ままな」と言うような意味合いがあります。ハイドンの場合、所謂古典派特有の厳格な変奏曲とは別に、変奏曲とロンドの特徴を合わせたような感じで、自由奔放に展開して行く一連の作品があり、これ等の作品には、よく「カプリチォ」というタイトルが付けられています。多くの場合はソナタ様式の作品の1つの楽章として用いられていますが、単独の作品もあります。この、変奏曲あるいはロンドの一種としてのカプリチォは、ハイドン独特の書法で、私は「ハイドンのカプリチォ」と形式をも示す用語として使っています。実は、自由な変奏曲はロマン派以降いろいろな名曲が生まれています。ちょっと思いつくのは、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」やレーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲」、リヒァルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」あたりですが、はたして、ハイドンの一連の作品の影響があるのか無いのか興味深いところです。

この作品は、ドイツ民謡「8人のだらしない仕立て屋」からテーマが取られており、親しみやすいテーマと、奔放な展開で、とても楽しめる作品です。隠れた名曲と言って良いでしょう。


◎20の変奏曲イ長調Hob.XVII:2

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 (記載無し) 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1765 1789 注釈参照
注釈

この作品は、モーツァルトの変奏曲へ直接つながる曲です。短めの2部形式のテーマを厳格に変奏していきますが、バッハのゴールドベルグ変奏曲に代表されるような、音楽のスタイルや音の組み立てに興味を繋いでいくものとは異なり、むしろクラヴィアの演奏技法をどう発揮させるか、に意を用いていくという形で進みます。その技法面に注目するならば、大変に聞き応えのある作品と思います。ただし、テーマがいかにも古典派の典型で、現代人には多少古臭さがあり、その分おすすめランクも低めになっています。

この作品の最大の問題点は、複数の資料があるにもかかわらず、十分に信頼がおける状態ではなく、それぞれあまりにも内容的に相違が多く、真正な形がはっきりしない事です。アルタリア社から刊行されました初版本があるのですが、「アリエッタと12の変奏曲」というタイトルで、変奏の数が少なくなっていて、しかも他の資料には見られない変奏を1つ含んでいます。この出版は、ハイドンとアルタリア社の間に信頼関係を損なうようなトラブルが発生していた時期のもので、ハイドンの意思が反映されたものでは無いと考えられます。さらに、他の資料には無い問題の変奏は、偽作ではないかという疑いがあります。

他の資料の中でかなり信憑性の高いのが、ハイドン自身の手による草稿譜で、これは20の変奏を持っています。しかし、この草稿はト長調で書かれているという別の問題が存在します。他の資料は、同時代の筆写譜が2つ存在していますが、1つはト長調で11変奏、もう1つはイ長調で17変奏となっています。どちらも、草稿譜の20の変奏のうち、幾つかが抜けている形ですが、後者は順番が入れ替わっている部分があります。筆写した人物が自分の興味のある変奏だけを抜き出す事や、それを好きに並べ替えるという行為は、現代でも無いとは言えない事ですし、この時代にはごく普通の事だったと考えられます。

さて、調性について検討しなければなりませんが、この作品は、後のいくつかのカタログや目録ではイ長調となっています。目録には、テーマの冒頭が書かれているのですが、その中で、ラドミの和音で始まっているのに、シャープが1つしか付いていないものがあります。これは、草稿ではト長調であった作品を、後にイ長調に変更した証拠と考えられます。また、草稿譜には、他の作品も書かれているのですが、後に発表された調とは異なっている作品が他にもあります。その他にもちょっとした状況証拠がいくつかあり、総合的に考えて、イ長調が決定稿であるだろう思います。

ただし、ウィーン原典版では、ト長調の20の変奏曲の草稿版と、アリエッタと12の変奏曲のアルタリア版の双方を掲載しています。片やヘンレ版は、イ長調の20の変奏曲を採用しています。

なお、アルタリア版の12の変奏曲は、次のHob.XVII:3の12の変奏曲変ホ長調と2曲を一組で出版されていますので、変奏の数が揃っていた方が売るのに有利であろう、という商売人にありがちな悪しき思い込みによって、強引に変奏の数を削ってしまった結果と判断出来ます。


◎12の変奏曲変ホ長調Hob.XVII:3

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 Moderato Es 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
(1770) 1789 注釈参照
注釈

この曲は、アルタリア社より「アリエッタと12の変奏曲」のタイトルで出版されたもう一つの曲となります。この曲は当時の筆写譜が相当数残されていて、当時のウィーンの音楽愛好家にことさら好まれていた証拠と考えて良いでしょう。ただ、あまり技巧的にならず、軽く上品な感じに終始しているのは、ちょっと物足りない感覚もあります。テーマは弦楽4重奏曲作品9−2(Hob.III:20)のメヌエット楽章から取られています。もちろん、変奏曲のテーマは新作でなければならない理由はありませんので、編曲作品の扱いにはしておりません。


◎ファンタジアハ長調Hob.XVII:4

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/8 Presto カプリチォ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
[1789] 1789 注釈参照
注釈

この作品も、当初はカプリチォというタイトルになっていて、前述のハイドン独特のカプリチォの様式で書かれています。出版の時にファンタジアとタイトルが変えられていますが、これがハイドンの意向なのかどうかは不明と言わざるを得ません。バッハやモーツァルトのファンタジアとはかなり曲調が異なっているのは明らかで、多少唐突なタイトルのようにも思えます。しかし、このタイトルは、後の人々には好印象を与えていて、かえって曲の知名度を上げているとも言えます。


◎6つの変奏曲ハ長調Hob.XVII:5

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
2/4 Andante 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1790 1790 軽快で、こじんまりした作品。第4変奏が短調で、短い繋ぎの後第5変奏に行く構成は見事。

◎アンダンテと変奏曲へ短調Hob.XVII:6

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
2/4 Andante 2つのテーマを持つ変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1793 1793 注釈参照
注釈

この曲は大変規模の大きな作品です。また、悲痛な感情の昂ぶりを見せる、ハイドンとしては異色な作品ということで、ロマン派の時代においても、愛聴されてきました。この特異な曲調は、親友モーツァルトの死と関連があるのではないかという見解があり、はっきりした証拠が無いとは言うものの、非常に説得力のある意見と思います。

形式的にはハイドン特有の2つのテーマを持つ変奏曲で、テーマは短調と同主長調で対照的に扱われています。どちらも変奏曲のテーマとしては異例なほどの長さと内容を備えていて、単独の曲としても成立するほどです。

この作品は当初ソナタと名付けられていました。それほど、深い内容を備えた作品と言えます。


△5つの変奏曲ニ長調Hob.XVII:7

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 Andante 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
(1760) 注釈参照
注釈

この曲は真偽未確定です。真作とするならばごく初期の作品としか考えられません。どちらかと言えば、チェンバロを教えている生徒に対して、ごく初級の段階に弾かせるような曲調です。ウィーン原典版では偽作と考えて、掲載していません。曲を見た感じだけでは、曲調が単純過ぎてどちらとも判断がつきません。こういう感じの真作も初期の頃には確かにある、という事は言えます。


△アダージョ(編作?)ヘ長調Hob.XVII:9

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 Adagio 小さな3部形式
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1786 注釈参照
注釈

この曲は、1786年にアルタリア社から出版されたクラヴィア用の編曲ばかり集めた曲集に載っているものです。何らかの別ジャンルの作品の編曲と思われるのですが、原曲が不明です。曲調を見てみますと、クラヴィア作品の特徴を持っていると思います。原曲は、クラヴィア3重奏曲か4重奏曲ではないかと思います。

焼失した作品という解釈も成り立ちますが、出来あがっていない作品のある1つの楽章という事もあり得ると思います。又、偽作説もありますが、私は真作と考えています。


◎アレグレット(編作)ト長調Hob.XVII:10

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
6/8 Allegretto コーダ付き3部形式
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1793 注釈参照
注釈

この曲は、ホーボーケンはクラヴィア作品としての番号を付けていますが、実は音楽時計用の作品のクラヴィア編曲版です。ハイドンの作品の目録を眺めてみますと、音楽時計用の作品というものが数十曲あるのが目を引きます。ウィーンの音楽時計は、音楽の都として知られるウィーンの、1つの風物詩として有名と思いますが、ハイドンもかなりの数の作品を提供していることになります。

この曲は、ハイドン晩年の作品の特徴を持っています。中間部分の思いがけない転調は、耳に新鮮に響きます。比較的簡単な曲ですし、ウィーン原典版の楽譜が容易に入手出来ますので、興味のある方は、実際に弾かれて見ることをお勧めします。


◎ディベルティメント「教師と生徒」ヘ長調Hob.XVIIa:1

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Andante 変奏曲
2 3/4 Tempo di Menuetto 3部形式
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
(1770) 1778 注釈参照
注釈

この作品は珍しい連弾曲です。ハイドンの連弾曲は、この作品の他には、真偽未確定のものがもう1曲あるだけになります。そちらの曲はまだ楽譜も音も入手出来ていません。

アンダンテの変奏曲のテーマは、バリトン3重奏曲38番から取られています。曲は、低声が1フレーズ奏でると、高声が繰り返す形が主流になっていて、それが「教師と生徒」の副題が付いた理由となっています。やはり、教育用の作品と思います。2楽章ある作品ですので、ソナタというタイトルが書かれている出版譜もあります。


◎アダージョヘ長調Hob.XVI:50/II

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 Adagio 小ソナタ
前後半ともリビート無し
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
[1794] 1794 1794年にアルタリア社から刊行され、後にソナタ50番の第2楽章に転用された曲。しみじみとした情感を持つ曲。

◎アダージョト長調Hob.XV:22/II

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
2/2 Adagio 中ソナタ
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1794 1795 最初はクラヴィア独奏曲として書かれたが、後にクラヴィア3重奏曲第22番の第2楽章として発表された曲。味わい深い佳曲。

◎12のメヌエット(編作)Hob.IX:3

曲番 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) Es Es 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 単純3部形式(トリオ無)
10 3/4 (記載無し) 単純3部形式(トリオ無)
11 3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
12 3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1767 1767 注釈参照
注釈

この作品はフルート、オーボエ2、ファゴット、ホルン2、ヴァイオリン2、低音(チェロ+コントラバス)のアンサンブルの編成で書かれたことがわかっておりますが、クラヴィア編曲版しか現存していません。それぞれの曲はメヌエット部、トリオ部とも、前半後半8〜12小節程度の単純2部形式になっている短いものです。舞踏会などの機会に演奏されたと思って良いでしょう。舞踏会の時間進行に合わせて、組み合わされたり、繰り返されたりして演奏されたのでしょう。


◎アレグレット(編作)ト長調Hob.III:41/IV

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
6/8 Allegretto 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1781 1786 ロシア四重奏曲第5番の4楽章のクラヴィア編曲版。かなり短縮してある。

◎12のメヌエット(編作)Hob.IX:8

曲番 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純3部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
10 3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
11 3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
12 3/4 (記載無し) 単純3部形式(トリオ無)
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1785 1785 4 原曲の編成は不明。クラヴィア編曲版のみが現存している。上記のIX:3と比べると、長めに伸ばされたものも含まれ、音楽的な面白さが増している。

◎12のメヌエット(編作)Hob.IX:11

曲番 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) Es Es 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
10 3/4 (記載無し) 単純2部形式(トリオ無)
11 3/4 (記載無し) Es Es 複合3部形式(トリオ有)
12 3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1792 ウィーン芸術家年金協会の舞踏会の為に作曲された作品。原曲の編成は、ヴィオラパートが無いものの、ほぼフルオーケストラ(クラリネット2を含む)に近い。味わい深い作品が並んでいて、クラヴィア編曲版で聞いても、かなりの名作と思う。

◎12のドイツ舞曲(編作)Hob.IX:12

曲番 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
3/4 (記載無し) 単純2部形式
3/4 (記載無し) 単純2部形式
3/4 (記載無し) 単純2部形式
3/4 (記載無し) 複合3部形式(トリオ有)
3/4 (記載無し) 単純2部形式
3/4 (記載無し) 単純2部形式
3/4 (記載無し) 単純2部形式
3/4 (記載無し) 単純3部形式
3/4 (記載無し) 単純2部形式
10 3/4 (記載無し) 単純2部形式
11 3/4 (記載無し) 単純2部形式
12 3/4 (記載無し) 単純2部形式(コーダ付)
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1792 この曲も上記のIX:11と同様、ウィーン芸術家年金協会の舞踏会の為に作曲されていて、編成も共通している。両者を比較すると、こちらは素朴な感じの曲が多い。1部の例外はあるものの、前半後半に違ったフレーズを用いた2部形式になっているのが興味深い(メヌエットでは、フレーズは前半後半で共通しているものが主流)。

◎オーストリア国家による変奏曲(編作)ト長調Hob.XVII:10

拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
2/2 Poce Adagio 変奏曲
作曲年 出版年 区分 おすすめランク 特徴
1797 1799 「皇帝」4重奏曲の有名な第2楽章のクラヴィア編曲版。ほぼ原曲通りの編曲となっているが、短いコーダ部分が追加されている。