弦楽4重奏曲の部屋第4室

BGM/Haydn String Quartet No.82(67) F-dur Op.77-2 3rd mov.

第63番(第53番)ニ長調作品64−5「雲雀」

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/2 Allegro moderato 中ソナタ
2 3/4 Adagio cantabile 3部形式
大ロンド風でもある
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
4 2/4 Vivace 3部形式
スタイルは常動曲調
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1790 急激な転調やリズムの変換、休止に驚かされる。冷静に他の作品と比べてみると唐突感を拭い去る事は出来ない。
注釈

作品64の6曲は「第2トスト4重奏曲」と呼ばれています。このトストは、「第1」のトストとは別人であるという説もありますが、全くの別人であるとは考えられません。唯一の可能性はトスト夫人なのですが、果たしてどうでしょうか?この別人説が出て来る根拠は、「第1」の弦楽4重奏曲の時、トストが曲の権利の代価をハイドンに支払う約束を果たさなかったために(実際に支払われなかったのは同時に書かれた「トスト交響曲」の代価だったのですが)、問題になったという事件があったからです。

この「第2」はそういう事件があったにもかかわらず、およそ2年後に書かれているのが、不審と言えば不審です。しかし、代価が最終的に支払われないままであったかどうかは何ら証明するものがありませんので、遅れたけれども、きちんと支払われたと考える方が普通ですし、2年あれば和解が成立したとしても、何の不自然もありません。

さて、この年1790年エステルハージ候爵夫人が没し、家事をつかさどる役で、マリア・アンナ・イェルリシェックという名の女性が侯爵家にやってきます。この女性は侯爵夫人の代役的な役割ですので、ハイドンも「女主人」として接したようです。ところが、間もなくニコラウス・エステルハージ候も亡くなり、彼女は御役御免になり、その後、ヨハン・トストと結婚することになります。この「第2トスト4重奏曲」は、その結婚に対するお祝儀の意味があるようです。ハイドンが作曲を依頼された形跡が無いというのが多くの研究家の一致した意見ですが、証拠の残らない口約束で依頼されたとする説よりも、お祝儀としてハイドンが自発的に書いたとする説の方が、より自然でしょう。仮にも一時期「女主人」として接した女性であればこそと思います。

この曲集の大きな特徴は、特にソナタの表面的な展開が実に破天荒である点です。急激な転調やリズムの変換、突然のユニゾン、その他、人を驚かせるような仕掛けが随所に見られます。最大のポイントは再現部が一筋縄ではいかないことでしょう。この作品64−5「雲雀」の第1楽章は典型的で、展開を含む再現部と、普通の再現部が、都合2度に渡って登場する形になっています。しかしながら、それらの構成が、効果的に配されているのかどうかと言いますと、どうも、取って付けたような印象を免れられないという気がいたします。他のいろいろな作品に比べますと、この曲集におけるハイドンの創造力が微妙に狂っていると判断せざるを得ません。1780年に入った頃、ハイドンが多忙になり過ぎ、作品の質が微妙に落ちてくるという現象が見られますが、この作品は年代的には当てはまりません。それよりむしろ、過去に金銭に絡む問題があり、今回「女主人」として敬愛した女性をさらって行ったトストに対して、いかにハイドンといえども心の奥底にわだかまりがあったのではないか、と言う解釈は出来ないでしょうか?

なお、この曲集は作品番号の順番とホーボーケンによる旧番号の順番、そして実際の作曲順(ここではこの順で並んでいます)が異なっていますので、注意して下さい。


第64番(第52番)変ホ長調作品64−6

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegretto Es 単一主題の中ソナタ
2 3/4 Andante 3部形式
3 3/4 Menuetto Allegretto Es Es メヌエット
4 2/4 Presto Es 自由な展開を含む変奏曲
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1790 何気ない主題が対位法的に展開していく様子は見事。どちらかと言えば玄人受けしそうな作品。

第65番(第48番)ハ長調作品64−1

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/2 Allegro moderato 単一主題の中ソナタ
2 3/4 Menuetto
Allegretto ma non troppo
メヌエット
3 2/4 Allegretto scherzando 変奏曲
4 6/8 Presto 単一主題の中ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1790 3楽章が魅力的、しかし全体的には旋律的な魅力が乏しいと思う。4楽章の展開部が対位法的に処理されている。

第66番(第51番)ト長調作品64−4

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro con brio d,g 中ソナタ
2 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
3 2/4 Adagio 3部形式
中間部は短調になっているが主部と同じ素材が使われている
4 6/8 Presto 中ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1790 1楽章の第2主題が短調になっているのは珍しい。書法的には手慣れているのだが、印象が薄い感じがある。3楽章が素晴らしい。

第67番(第50番)変ロ長調作品64−3

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 3/4 Vivace assai 中ソナタ
2 2/4 Adagio Es es 3部形式
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
4 2/4 Allegreo con spirito 中ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1790 なかなか楽しめる曲だが、フレーズの繋ぎに不自然さを感じるのが欠点。1楽章の第2主題の主要な部分の再現が展開部で出現し、再現部では省かれる。

第68番(第49番)ロ短調作品64−2

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro spirituoso 中ソナタ
2 3/4 Adagio ma non troppo 変奏曲
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
4 2/4 Presto D,H 中ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1790 開始部分の長調とも短調ともつかない感じは作品33−1に通じる。両曲ともブラームスのクラリネット5重奏曲を思わせる所があり、興味深い。

第69番(第54番)変ロ長調作品71−1

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro 大ソナタ
第2主題のモチーフは第1主題と同じ。
2 6/8 Adagio 単純な3部形式
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
4 2/4 Vivace 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1793 前作に比べると、いかにもハイドンらしい切れ味が戻って来ていて、爽快なき分に満ちている。
注釈

作品71,74の6曲は、「アポーニー4重奏曲」と呼ばれています。これは、アポーニー伯爵という音楽好きの貴族の依頼による作品であるからで、印刷譜にも伯爵への献辞が載っています。伯爵は、自らバイオリンを巧みに弾き、仲間を集めて音楽会を催したりした人で、ハイドンとはフリーメイソンを通しての友人になります。

ただ、この作品集は第1回のロンドン旅行からウィーンに戻った時期の作品で、第2回のロンドン旅行の際、演奏会で取り上げることも視野に入っていたと考えられます。

この作品集の特徴は、ソナタの第2主題に、第1主題と共通するモチーフを使いながら、見事に性格を分けることに成功した、古典派のソナタ様式の完成形が見られるという点が、第一でしょう。しかし、原調から3度上又は下の遠い調に行くという、ロマン派で花開く手法が出現していることも注目に値します。もう一つ忘れてはならない特徴は、第1楽章の第1主題の前に導入句が入っていることで、「さあ、皆さん演奏が始まりますよ」という感じになっています。演奏が始まるまでおしゃべりを止めない種類の聴衆を考慮した、という現実問題なのでしょうが、果たして伯爵の私的な演奏会の聴衆なのでしょうか、それともロンドンの聴衆なのでしょうか・・・・・・・?

なお、この曲集は、ロンドンでザロモン(バイオリニスト)主催のコンサートで演奏されましたので、「ザロモン4重奏曲」と呼ばれる事もありますので、注意が必要です。


第70番(第55番)ニ長調作品71−2

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Adagio
Allegro
序奏付き大ソナタ
2 3/4 Adagio cantabile 単一主題の小ソナタ
3 3/4 Menuetto Allegro メヌエット
4 6/8 Allegretto
Allegro
複合3部形式にアレグロのコーダが付く
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1793 アダージォの序奏は珍しい。曲の展開にスピード感があり、わくわくと楽しめる感じ。3楽章はメヌエットとしては早く、スケルツォに近い。

第71番(第56番)変ホ長調作品71−3

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Vivace Es 大ソナタ
2 2/4 Andante con moto ロンド風な変奏曲
3 3/4 Menuetto Es Es メヌエット
4 6/8 Vivace Es 3部形式。ただし、中間部はフーガ的な展開になるが、主題としては同じ素材を使っている。
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1793 とても洒落た感じのテーマに加えて、その展開が絶妙。文句無しの名作。

第72番(第57番)ハ長調作品74−1

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro Moderato 単一主題の大ソナタ
2 3/8 Andantino grazioso 中ソナタ
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
4 2/4 Vivace 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1793 半音階・半音階的な転調が目に付く作品。そのため、かなりモダンな印象になる。4楽章のドローン音が効果的。

第73番(第58番)ヘ長調作品74−2

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro spirituoso 単一主題の大ソナタ
2 2/4 Andante grazioso 変奏曲
3 3/4 Menuetto Allegro Des メヌエット
4 2/4 Presto c,f 大ソナタ
前半後半ともリピート無し
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1793 注釈参照
注釈

この曲の、いきなりユニゾンの走駆で幕を開けるあっけらかんとした導入部分は、古き良き時代の香りはしても、現代人には辛いかも知れません。しかし、それに惑わされることなく聞き込めば、大変に素晴らしい内容を備えている作品であることを感じていただけることと思います。この曲の2楽章と4楽章はハイドン自身の手によるクラヴィア用の編曲があります(タイトルは、アンダンテ・グラツィオーソ及びアレグロとなっています)。この編曲は、いわゆる「ソナチネアルバム第1巻」の20番、21番に収録されていますので、実はかなり多くの人にとって、馴染みのある旋律であると言えます。比較してみるのも一興と思います。


第74番(第59番)ト短調作品74−3「騎士」

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 3/4 Allegro B,G 大ソナタ
2 4/4 Largo assai 3部形式
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
4 4/4 Allegro con brio B,G 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1793 注釈参照
注釈

「騎士」の副題は、勇壮な4楽章の開始部分の連想から来ています。有名という意味では、ハイドンの弦楽4重奏曲の中で、間違いなく5指に入る作品でしょう。この曲の場合も、前作同様ユニゾンの導入句で開始されますが、前作とはかなり様相が異なっていて、ある種のドラマ性を備えています。導入句ごとリピートされるように指示されているのもうなずけます(前作は、導入句の後にリピートするように指示されています)。曲調的には短調と長調の配分が絶妙で、大きな広がりを感じさせます。この曲の場合も前作同様、ハイドン自身が2楽章をクラヴィア用に編曲していて、同じく「ソナチネアルバム1巻」に収録されています(19番、タイトルは「アダージョ」となっています)。また、この楽章は、合唱曲への編曲もあります。


第75番(第60番)ト長調作品76−1

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/2 Allegro con spirito 大ソナタ
2 2/4 Adagio sostenuto 中ソナタ
3 3/4 Menuetto Presto メヌエット
実質的にはスケルツォ
4 2/2 Allegro ma non troppo b,g 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1797 この曲は、アポーニー4重奏曲と同様の導入句を持っている。楽しい感じの作品で(終楽章が短調なのにもかかわらず)、むしろ演奏家の評価が高いのが面白い。2楽章は、展開を伴った再現部と通常の再現部を備えている。
注釈

作品76の6曲は「エルデーディ4重奏曲」と呼ばれます。作品の成立事情は「アポーニー4重奏曲」と全く同様で、エルデーディ伯爵の依頼で作られ、同伯爵に献呈されています。おそらく「アポーニー4重奏曲」に接した好事家の貴族が「私も・・・」という感じでハイドンに依頼したのでしょう。同様の依頼が複数舞い込んだのではないかとも想像しています。

曲調的には、ハイドンの今までの集大成的な意味合いが強く、1曲1曲がかなり個性的でまちまちの性格を持っていて、全体的なまとまりという観点ではとらえ切れない作品集となっています。敢えて全体的な特徴を書こうとしますと、先ず、よりメロディアスであると言えるかも知れません。そしてもう一つ、メヌエットのテンポが速く、ほとんどスケルツォに近くなっているのが注目されます。


第76番(第61番)ニ短調作品76−2「五度」

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro 単一主題の大ソナタ
2 6/8 Andante o piu tosto allegretto 3部形式
3 3/4 Menuetto
Allegro ma non troppo
メヌエット
主部は2声のカノン
4 2/4 Vivace assai 大ソナタ
前後半ともリピート無し
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1797 「五度」のタイトルは冒頭のテーマの特徴的な音程の意味。1楽章は全体を通して五度が使われていて見事。3楽章のカノンは2本のバイオリンのオクターブ、ビオラ・チェロのオクターブの実質2声で奏される。

第77番(第62番)ハ長調作品76−3「皇帝」

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro 単一主題の大ソナタ
2 2/2 Poco Adagio cantabile 変奏曲
3 3/4 Menuetto Allegro メヌエット
4 2/2 Presto Es,C 単一主題の大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1797 注釈参照
注釈

この曲は、おそらくハイドンの作品中最も有名な曲の一つでしょう。今更、説明するまでも無いとも思いますが、重要な点だけ書きましょう。

「皇帝」のタイトルは第2楽章の原曲、ハイドン作曲のオーストリア国家(現ドイツ国歌)「神よ、皇帝を護り給え」から取られています。この原曲は、イギリスに渡りイギリス国歌に接したハイドンが、当時ナポレオンの脅威にさらされていた祖国オーストリアでも国歌があるべきだと感じ、人々にその必要性を語ったところ、時のオーストリア首相まで話が伝わり、実現したものです。詩はレオポルド・ハシュカという詩人が担当しています。ハイドンは、先ずクラヴィア伴奏の歌曲として作曲し、オーケストラ伴奏に編曲し、さらにこの弦楽4重奏曲で変奏曲のテーマとして用いました。全曲的に見ても、一際重厚な作品となっています。


第78番(第63番)変ロ長調作品76−4「日の出」

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro con spirito 単一主題の大ソナタ
2 3/4 Adagio Es 単一主題の中ソナタ
3 3/4 Menuetto Allegro メヌエット
4 2/2 Allegro ma non troppo プレストのコーダを持つ3部形式
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1797 「日の出」とは、冒頭の旋律のイメージから来たもの。この副題はニックネームには違いないが、これ以上望めないほどの優れた命名だと思う。この曲がハイドンの最高傑作であるとする意見は多い。

第79番(第64番)ニ長調作品76−5「ラルゴ」

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 6/8 Allegretto
Allegro
アレグロのコーダを持つ3部形式
2 2/2 Largo cantabile e mesto Fis Cis 単一主題の中ソナタ
3 3/4 Menuetto Allegretto メヌエット
スケルツォ風
4 2/4 Presto 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1797 「ラルゴ」とは当然2楽章を指している。この楽章が大変に美しく印象的であるため、全曲のタイトルになっている。この曲も、最高傑作の有力な候補。

第80番(第65番)変ホ長調作品76−6

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Allegretto
Allegro
Es 変奏曲
2 3/4 Fantasia Adagio 幻想曲、自由な形式
3 3/4 Menuetto
Presto Alternative
Es Es メヌエット
実質的にはスケルツォ
トリオリピート無し
4 3/4 Allegro spirituoso Es 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1797 この作品は内省的な印象がある。対位法的な書法が目につく。2楽章は幻想曲と題されていて、主題がさまざまな調で繰り返される形になっている。

第81番(第66番)ト長調作品77−1

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro moderato 大ソナタ
2 4/4 Adagio Es 中ソナタ、リピート無し
3 3/4 Menuetto Presto Es メヌエット
実質的にはスケルツォ
主部の前半とトリオはリピート無し
4 2/4 Presto 中ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1799 何気ないテーマが様々に変容していく様は見事。非常に広がりのある世界を持っている。
注釈

作品77の2曲は「ロプコヴィッツ4重奏曲」と呼ばれています。この作品の場合も、ロプコヴィッツ侯爵の依頼によるもので、同侯爵への献辞が出版譜に載っています。この曲集は、当初6曲の計画で書き始められていたことは資料で判明していますが、実際に作られたのは2曲だけということになります。この辺の事情を語る資料は残っていませんので、いずれにしましても、推測の域を出ません。私の感じるのは、「ちょっと一息入れてから」と中断しただけのように思います。その中断の時点では、ハイドン自身、自分に残された時間がほとんど無かったという事に気が付いていなかったように思います。その中断の要因に関係のありそうな出来事を探ってみますと、1つはオラトリオ「四季」の台本がハイドンの元に持ち込まれたことがあります。これはオラトリオ「天地創造」の台本を翻訳(元々は英語の台本でした)したヴァン・スヴィーテン男爵が、その大成功に気を良くして、柳の下のどじょうをねらうべく、勝手に次作の台本を準備してしまったものです。もう1つは、依頼者のロプコヴィッツ侯爵が、ハイドンに依頼した同時期にベートーヴェンにも弦楽4重奏曲の作曲を依頼していたという事実があります(ベートーヴェンの作品18の6曲の弦楽4重奏曲がその作品に当たります)。侯爵はベートーヴェンに非常に肩入れした人で、何故ハイドンに作曲の依頼をしたのかが若干不透明な感じもありますが、ハイドンに比べかなり若い人でもあり、思い立ったら行動しなければ気が済まないような人物だったのでしょう。さて、ハイドンの気持ちを推理してみますと、侯爵のやり方に若干創作意欲を削がれ、「何だ、あわてて書くことはないみたいだな。ならば、こちらのやっかいな方から片づけるかな」と考えて、「四季」の作曲を優先させたということなのではないでしょうか。私の見る限り、ハイドンが大決心をして筆を絶ったということを示す材料は、全く見当たりません。

さて、そういう事情で2曲だけとなったこの曲集ですが、内容的には全く非のうちどころのない素晴らしい作品に仕上がっています。


第82番(第67番)ヘ長調作品77−2

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 4/4 Allegro moderato 大ソナタ
2 3/4 Menuetto
Presto ma non troppo
Des メヌエット
実質的にはスケルツォ
コーダ付き
3 2/4 Andante 変奏曲
4 3/4 Vivace Assai 大ソナタ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1799 どちらかと言うと内省的で、奥行きを感じる作品。個人的な好みでは、実はこの曲がハイドンの最高傑作と感じている。

第83番(第68番)ニ短調?作品103

楽章 拍子 速度記号 調性1 調性2 形式
1 2/4 Andante grazioso Ges 3部形式
2 3/4 Menuetto
Ma non troppo Presto
メヌエット
実質的にはスケルツォ
作曲年 区分 おすすめランク 特徴
1803 未完成作
注釈

この作品が、他の未完成作品と大きく異なる点は、作者の死後発見されたというのではなく、作者自身がもうこれ以上書けないと判断し、未完成のまま世に出した作品であるということです。しかも、ハイドンは、楽譜の最後に、「我が力すでに萎えたり・・・・・」という歌詞を持つ自作の「老人」というタイトルの合唱曲の冒頭部分のフレーズを、印刷させるようにわざわざ指示しています。オラトリオ「四季」を完成させたハイドンは、再び弦楽4重奏曲の作曲に取り掛かろうとしたのですが、作曲を続けることが出来なくなるほど、自分自身の心身が衰弱しきっている事を知る結果となりました。

この作品が、ロプコヴィッツ4重奏曲の3曲目なのかどうかは、議論が分かれています。実際、出版譜にはフリース伯爵という別な人物への献辞が書かれています。この場合も、推論の域を出ないのですが、私は、次の様に考えています。即ち、ハイドンはまずこの曲を3曲目として書き始めたのですが、なかなかうまく書く事が出来ません。仕方がないので既に(「四季」の作曲以前に)出来あがっていた2曲だけを印刷に回しました(ロプコヴィッツ4重奏曲の出版は、オラトリオ「四季」完成後の1802年とわかっています)。その後、数年間努力をしてみたけれども、どうしても作曲が続けられないと悟った時、完成していた2つの楽章だけを上記の指示と共に印刷に回し、同時に、次作を約束していたフリース伯爵へ、約束が果たせなくなったというメッセージをこめて、献呈の辞を載せたという事なのでしょう。

さて、2つの楽章は、本来ならば2楽章と3楽章に当ると判断できます。その1つめの楽章は非常に意欲的な音楽が始まり、物足りないと思うくらいあっけなく終わってしまうのが印象に残ります。また、次の楽章では、シューマンの曲で耳馴染みのフレーズが出てきて、ハッとさせられます。おそらくシューマンがこの曲に何らかの思いを込めていたのではないかと感じます。

とにかく、そういう事情がわかればわかるほど、聞くのが辛くなる曲ではあるのですが、同時に、未完成作として葬ってしまうには、あまりにも美しい作品であることも、まぎれもない事実です。